弁護士松井伸介

2008年5月30日 (金)

人生70

人生70古来稀なり。この杜甫の一節が,古稀という言葉の由来だということは知っていました。

が,お恥ずかしながら,この前後の脈略を知らず,勝手におめでたい詩の一節だと勘違いしていました。

ところが,実際には,「70まで生きたんだから,後は,はちゃめちゃ,どうにでもなれ」といった自暴自棄の感情を吐露した文脈で使われています。

 

杜甫は,中央官僚になるのを夢見て,科挙を受け続けてはたせず,ようやく職らしい職にありつけたのは40も過ぎてから。その後も妻子を抱えながら,不遇の連続でした。その彼の晩年の正直な嘆きだったのでしょう。彼の人生を振り返ると,どんな人も自分の境遇を嘆くことなどできないように思います。

さて,心臓に持病を抱える私ですが,後期高齢者と呼ばれるその日まで生き長らえることができたなら,羽目を外して生きていきたいと夢見ています。「古稀」高齢者と自称して。

                                                          M 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月26日 (月)

カフェ・ド・シンラン

都内某所,ひいきにしている噺家の定期独演会に行ってきました。

その噺家は,真打ちになる前から,月1回の勉強会を開催していて,そのころから足繁く追っかけています。

2つ目時代の勉強(発表)会のときは,両国にあるお江戸両国亭で行われていました。この場所は,名前こそ立派ですが,何かをご覧いただくような場所ではありませんでした。雑居ビルの1階エレベーターホールの延長線上といった空間で,パイプ椅子を並べた急ごしらえの客席のど真ん中に,ビルを支える極太の大黒柱が貫かれていました。その結果,噺家の正面方向,本来特等席になるはずの場所に客ではなく柱が鎮座し,客が左右に分かれて座っている,という何ともおつな構造になっていました。

真打ち昇進後も,月一ペースで行われていますが,場所は少しランクアップし,築地の本願寺内,「ブッディスト・ホール」になりました。神楽坂の毘沙門天内の社務所などでは落語会がよく催されていて,境内での落語会というのは珍しくないですが,境内に落語「ホール」があるのは意外な感じがします(落語専用ではありませんが)。

もっとも,築地本願寺は,袈裟のファッションショーが行われたりしている場所で,進取の気象にとむならいなのかもしれません。境内に独立して建つ喫茶店も,お茶屋さん風などではなく,普通のコーヒーチェーン店のようなもので,その名も「カフェ・ド・シンラン(親鸞)」。その懐の深さに脱帽です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月20日 (火)

将棋と訴訟

名人戦が今まさに佳境を迎えている折り,将棋界に激震が走った。
羽生2冠の反則負けである。

以前,羽生さんが7冠か5冠を維持していたとき,NHK杯選手権で羽生さんの将棋がテレビ中継されていた。
当時,飛ぶ鳥を落とす勢いの羽生さん,相手は強豪ではない。
羽生さんが軽くひねりつぶし,圧倒的な強さを見せつけるのかと思いきや,定跡では考えられない戦法に打って出た。
それは,歩兵がほとんど前進せず,横並びに手をこまねいているのに,飛車がその歩兵の前で右往左往するものだった(なお,石田流ではありません)。

素人目におかしかったが,解説者も「これで勝てるとは思えない」と首をひねっていた。
ただ,そうはいっても,5冠王の威光に,何か意味があるに違いないと誰もが信じていた。

結果は,あっけないほどの惨敗で作戦負けが明確であった。

これだけ圧倒的な強さを誇る者が,なぜに,テレビ中継の場で奇抜な作戦に出て,惨敗するのか。
おごり,あるいは,テレビ向けに奇をてらったという見方もあったでしょう。

振り返ると,羽生さんは,常に自分の限界や,将棋の可能性を広げようと闘っているのだと合点している。

ちなみに訴訟では,私も「ハブにらみ」(注)で相手を見据えている。

注:いい手を指したときに,やや上目遣いで相手を見据える羽生さんの癖。
これをされると相手は戦意喪失。
いまはその癖はみられなくなった。

   M

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 8日 (木)

舎人ライナー

ゴールデンウィーク中,満を持して日暮里舎人ライナーに乗ってきました。

痴楽は「恋の山手線」,「にっぽり」笑ったあのえくぼ,でおなじみの日暮里から,何となく優雅な響きのある舎人まで走っているのでしょうか。


始発の日暮里駅周辺,特に山手線の外側は,急激に開発が進んでいて,大型複合ビルも出現していました。
舎人ライナーの駅舎は,もと駄菓子横町の廃墟跡(
2階建てなので厳密には「上」)に建てられていました。
レトロブームに乗って大人たちが懐かしがって集まったのもいまは昔,ちょっぴり感傷にひたりつつ,出発進行。

乱立する猥雑なマンションン群のすぐわきを,住民らの干し物を眺めつつ滑るように進む列車にいると,上海の山手線と呼ばれる上海の環状線が思い出されました。いや,それ以上に,浅草花やしきのジェットコースターを思い出しました。
住宅のすぐそばを走り抜ける快感が共通です。


その後,終点の見沼親水公園で下車して,散策を楽しみました。
親水公園といっても,住宅街の中に,側溝と同規模の水流があるだけで,わざわざ行くほどのものではなかったのですが,ザリガニなどをさがしてなんとか楽しみました。

松井

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月30日 (水)

即決裁判

ゴールデンウィークのまっただ中,即決裁判の期日が行われます。

いわゆるホームレスの方の窃盗事件です。


即決裁判は,平成16年に新設された制度で,事案が明白・軽微な事件につき,公判期日1回のみ開き,かつその場で判決を下すという,相当斬新な手続です。

なんといっても最大の特徴(被告人にとっては特長)は,この手続が維持される限り執行猶予が付されることになるということです。


裁判制度全体からいえば,比較的軽微で被告人も認めている事件について,簡易な手続で済ますことができるのは,有限の人的資源を他の重大な事案に注入することができることとなり,有意義なことであると思います。


ただ,一つ問題は,被告人が,執行猶予になることが分かってしまうので,真に反省する機会を失ってしまうというおそれがあることです。


心理学・精神医学等の用語で,「底付き」という言葉があります。
「底付き」とは,自分ではなんともできないというどん底感を味わうことを意味します。アルコール中毒患者には,この感覚が今後の立ち直りには必要とされています。
逆に,底付きを経験しないアルコール中毒患者は,自分でなんとかコントロールできると過信して,少しだけなら飲んでもいいか,と勝手に戒めを解いて再びアルコールにはまっていくことが多いのです。


執行猶予だからといって,自己の犯した犯罪を軽微なものと考えられることはさけなければいけないと思います。被告人には,家族の心配を伝えたり,反省文を書かせたりして,なんとか反省を促したいところです。


さて,裁判は「即決」ですが,弁護人の仕事は,判決で終わるわけではありません。定まった住居のない被告人の場合,ときには,切符等を手配して,東京駅まで同伴し,実家のある地方にきちんと帰るかどうか見届けるという業務も待っています。検察官からはきちんと送り届けてくれと迫られるし,家族に「今度こそ実家に帰るように強く言ってください」と託されることもあるわけです。

松井

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月10日 (月)

弁護士会館の謎

普通の人は,ほとんどなじみがないと思いますが,私たち弁護士がよくお世話になる建物が弁護士会館です。

ここは,法律書専門の図書館があり調べ物をするときに使われるほか,弁護士向けの研修会場や弁護士同士の打合せ・交渉の場所として重宝されています。

裁判所の敷地と同一のブロック内に隣接して建っているので,裁判の前後に気軽に立ち寄れるのが便宜です。

私は,満足のいく訴訟活動を終えた後,お茶を一服しながら,期日を反芻し余韻に浸るためによく利用しています。

ここの某階の自販機には,ほかでは味わえない飲み物があるのでご紹介します。それは,オロナミンC・カルピスミックスです。その名のとおり,オロナミンCにカルピスウォーターが混入されています。寡聞のためか,この場所以外でこんな混ぜものをみたことがありません。味は悪くないです。むしろ癖になる味です。

裁判所で研修中の司法修習生の中には,この飲み物目当てに弁護士会館に来訪するという人も多いと聞きます。

                                 

                                         松井

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月 8日 (火)

銀山温泉

以前,出張で行った山形の気持ちよさが忘れられず,正月に山形の銀山温泉をたずねました。銀山温泉は,おしんの舞台となった場所です。おしんがこごえそうになっていた渓流など厳しい自然を連想しますが,観光客には温泉街の雰囲気が何よりも受けているようです。7,8軒の木造旅館が小川の両岸に面して立ち並び,夕方,ガス灯がともる頃にはその狭い街全体が暖かい雰囲気に包まれます。旅行パンフレット等で銀山温泉の風景が使われているので見たことある人も多いと思います。最近では世界的建築家隈研吾設計の旅館ができて,それを目当ての客も多いようです。ただし,その旅館は6万円くらいするそうで,今回は見送りました。

私の投宿した旅館銀山荘は,露天風呂がすばらしかったです。露天からの眺めは,おしんが手をかじかませていた雪の中を流れる浅瀬の渓流そのまま。露天風呂のさらに外側に寝湯といって,ぬるめに設定された浅い木の浴槽があり,そこで横になると天にも昇る気持ちよさです。

銀山の 河の冷たさ ぬるぬると 寝湯に浸りて 思い至らず

また,近くは尾花沢といって芭蕉が10日間という異例の長逗留をしたところで有名です。

銀山温泉から新幹線の大石田駅まで旅館送迎車に揺られながら,雪原を眺めていたところ,住民のおじいさんの丸まった背中が目に入ってきました。 

雪原の中や じじいの 立ち小便

銀山温泉の名の由来は,銀鉱山が近くにあったからという人もいますが,私はこの白銀の世界にある温泉から命名されたと信じています。

                                 平成20年1月吉日  

                        松井

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月24日 (月)

娘のひとり暮らし

親が娘を思う気持ちは,はかりしれません。しかもひとり娘ともなると格別なのでしょう。ご自身の法律相談の合間に,ひとり娘の行く末を切に案じるご両親がいらっしゃいました。自分たちの老後の心配をおいて……。

さて,不貞行為は,民法770条1項1号で離婚原因とされていますから,たんなる道徳の話のみならず,法律問題ともいえます。たとえば,女性が妻子ある男性と不倫をすれば,当然,離婚原因を作り出し,ある家庭を破壊することにもつながります。また,場合によっては,その妻や子に対し,男性との共同不法行為として民事上の損害賠償責任を負うことにもなりえます。このように,不倫が悪いと説明するのは法的にも可能です。それゆえ,娘から,どうして不倫をしてはいけないのか,などと面と向かって質問されることもあまりないでしょう。

また,付き合っている男性がいる場合に,浮気をしてはいけないことも,相手を裏切るのであるからしてはいけないことであると,容易に娘に説明することができるでしょう。

では,特定の相手がいない場合,乱れた生活をしていいのでしょうか。もし,あなたが東京でひとり暮らしをしている娘から「私は彼氏がいないのだから誰と遊んだっていいじゃないの。」と面と向かって言われたらどうしますか。何か反論すべきだと思いながら,どう答えてよいか分からなくなってしまうのではないですか。

私は,いまだ娘がいないのですが,すでに答えを用意してあります。

「将来お前とつきあう男性が現れたときに,その男性がお前の乱れた過去を知ったら悲しむのではないか。たしかに,不貞行為や不倫とは異なり,同時期に相手を裏切ることにはならない。しかし,乱れた生活をしていることは,いま誰も裏切っていないようにみえて,その実,将来の大切な相手を前倒しで裏切っていることになるのではないか。それは,つまるところ,同時的か異時的かの違いこそあれ,結局は不貞を働くのと同じである。」

                                             
聖なる夜に          松 井

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月13日 (木)

春のご予定

先日,年配の依頼者と,事務所の打ち合わせの日程調整を電話で行いました。私が,年末か年始に打ち合わせをしたい旨告げると,その方は「年末は無理です。春なら大丈夫です。」とお答えになりました。わたしは,一瞬,4月のカレンダーに目を走らせました。だが,すぐに誤りに気付き,「1月なら大丈夫ということですね」と自己修正しました。

年始を迎春といってことほいできた日本人の感覚を,コンビニ食ですっかり鈍らせてきたことに気付かされました。受話器を置いた後,冷え切った体に,小春日和のあたたかさがもどってきました。

今後,レセラでは,1月の予定を入れるとき,「春の予定」と称することに致します。

                                                (松井)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月29日 (木)

夜の明治公園

憲法制定の舞台裏を描いた劇映画『日本の青空』を新宿で見る会に先ほど参加してきました。護憲とか平和運動とか,柄にもないことですが,同期の友人が必死に呼びかけている姿を見て応援したくなり,参加することにしました。

映画は,白州次郎を宍戸開が愉快に演じたりして,結構脳天気な場面が多く,肩の力を抜いて楽しめました。

両性の平等をうたう憲法第24条が,大して地位の高くない20歳そこそこのベアテ女史から生まれたのは驚きです。おそらくそれほど議論することなく,思いのたけを込めてひとりで書いた草案が,あっさり通ってしまったそうです。不磨の大典とされる憲法の一条がそんなにあっさり誕生してしまうギャップ。えてして,立派な成果も,ひょんなことから誕生するものなのかもしれません。

終幕後,出口でカンパ募集が行われていた。私は,例の同期の友人を見かけたので,あいさつだけしようと近づいたら,カンパをお願いされたが,冗談だろうと笑ってごまかそうと立ち去ろうとしたら,袖口をぐいとつかまれ,再度カンパを強くお願いされました。その真剣さに圧倒され,思わず手持ちの小口現金から200円支出してしまった。あれほど自由を強調していた憲法誕生の映画の後に,強引なカンパはないだろうとうちひしがれて夜の明治公園を歩きました。寒波が身にしみましたが,その後,R25を獲得して損害をなんとか填補しておきました。友がみなカンパを求めてくる夜に 「R25」獲りて慰む。

理不尽な出来事に異を唱えていく,そんな戦う弁護士でありたいと決意を新たにしました。

                                                 松井

| | コメント (0) | トラックバック (0)